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グレート・リタ/愚冷刀凛汰(逢坂鈴汰)のプロレス専門ブログ。団体は新日本、W-1。選手は武藤敬司、グレート・ムタ、飯伏幸太、棚橋弘至、中邑真輔、内藤哲也、真田聖也、その他新日本、W-1勢など。Twitter :@rita_osaka
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連載小説『RYUSEI』



第1章 ジュニアの象徴







 厚いこの透明な板を通してもはっきりと見えるような大粒の雨が、東洋プロレス道場の全身を打ち据えていた。
 元々創設者の持ち家を改装して寮を造り、その横に建てたこの道場は、大きめのトタン小屋に過ぎない。夏は暑く、冬は寒い。古くからの日本家屋のようだ。
 小屋の真ん中には、試合で使うものと全く同じリングが常設されている。その周辺にトレーニング器具や医療用具、プロレス以外のスポーツの用具などが配置され、選手たちはオフになるとここで汗を流す。
 といっても、全員が一堂に会して練習を行うわけではない。トップ選手はリング外での仕事の合間を縫って道場に足を運ぶ。
 さらに、基本的に道場の使用時間はユニットごとに区切られている。
 東洋プロレス本隊、神話軍、CAOS(カオス)など、東洋プロレスにはいくつかのユニットが存在するが、それらのユニットは基本的に対立関係にある。
 東洋プロレスではその辺は徹底していて、ユニットごとに巡業バスやホテル、練習時間などもすべて異なっているのだ。
 新藤隆也、そして高崎裕太郎のLIMITLESSは、一応は本隊所属ということになっている。
 が、別に馴れ合うつもりはなかった。
 裕太郎はどうか知らないが、もともと隆也は多人数が好きではない。
 この日もあえて本隊の練習時間と少しずらし、ユニットとユニットの間の空白の時間を使ってトレーニングを行っている。
 今日は、裕太郎もいない。彼は、自身のルーツである母校のレスリング部の練習に参加している。
 リング上でじっくりと体をほぐし、ウォーミングアップ。
 ロープに体を預け、その反動で走り、また反対のロープへ。
 プロレスの基本、ロープワークだ。
 しばらく往復した後、深くロープに寄り掛かる。
 そのままマットを蹴り、大きく跳んだ。
 リング中央あたりに前転しながら着地。
 この動きに、エルボーを加えて・・・。
 頭の中で新たな技を思い描きながら、体を動かし続ける。
(このエルボーもいい技だ。だけどもっと・・・もっと高く跳びたいんだ俺は)
 瞬間、せわしなく動いていた隆也はぴたりと動きを止め、そこを見つめた。
 コーナートップ。
 ロープの支柱となる四本の柱の、その頂である。
 今までコーナートップに上ったことはない。トップ上からドロップキックを放つ『ミサイルキック』も、まだ試したことがない。
 ウォーミングアップからいきなり激しいロープワークに移行したことで、隆也の心臓は激しく鼓動していた。
 心音、荒い呼吸の音、そして降りしきる雨の音。
 道場には隆也、ただ一人。
 意を決して、リング上からコーナーに上った。
 リングに背を向け、場外を向く形になる。
 リングの高さとコーナーの高さ、そして隆也の身長で、床から5メートル近い高さ。
 天井と電灯が目の前にある。手が届きそうだ。
 いつまで経っても止まることのない雨音が、隆也に孤独感を与える。
 まとわりつく恐怖を振り払うように、隆也は思い切りロープを蹴って背後に跳んだ。
 綺麗な弧を描き、リングに敷いた柔らかいマットに体から落ちる。
 ムーンサルトプレスと呼ばれる技だ。
 かつてこの東洋プロレスの主役であった天才レスラーが初めて使用し、瞬く間に世界標準となった。
 初めて使用したが、難なく成功した。見栄えが良く、難易度もそう高くない、とてもいい空中技だ。空中殺法を得意とするジュニアヘビー級のレスラーのみならず、体の大きなヘビー級レスラーにも使用者は多い。
 だが、隆也はムーンサルトプレスをフィニッシュに使用する気にはならなかった。
 この技は、あまりにも普及しすぎてしまっている。
 今更ジュニアヘビー級の、しかも跳躍力を売りにする俺が使っても、説得力はない。
 裕太郎ぐらい筋肉質なレスラーだったら、見栄えもいいだろうけど。
 今度は、一度エプロンサイドに出てからコーナートップへ。
 リング内を見ながらコーナートップに立つ。
 ここから、どう飛ぶか。
 考えはもうできている。
 しかし、果たして成功するか。
 難易度はムーンサルトよりもはるかに上。危険な技だ。
 首を振り、不安と恐怖を払った。
「行くぞ!」
 自らを鼓舞するため、短く叫ぶ。
 トタン小屋に響いたその声が一瞬だけ雨の音を掻き消した。
 その刹那、隆也はロープを強く蹴った。



(続く)

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連載小説『RYUSEI』



第1章 ジュニアの象徴







 試合後。
 痛む首を冷やしながら早足で控室に戻る。
 ヤングドラゴンは、自分の試合が終わったからと気を抜くことは許されない。
 一秒でも早く着替えを済ませ、この後の先輩たちのフォローに回らなければならない。
 ぶつぶつと小声で今後の予定を繰り返しながら、ドアノブに手をかけた。
 と、その隆也の肩を誰かが叩いた。
「――!!」
 振り返ると、そこに立っていたのは、先ほど試合で破った高崎裕太郎だった。
 後輩に敗北した報復か?
 警戒しながらも隆也は軽く頭を下げた。
「お疲れ様でした。試合では胸を貸していただき、ありがとうございます」
 裕太郎は首を振った。その顔には不敵な笑みが張り付いている。
「お前、強ぇなぁ。俺もかなり自信あったんだけどよぉ。あのジャーマンは効いたぜぇ」
 意図が読めない。
 ただ後輩を称えるために呼び止めたとは思えない。
 顔の笑みがそれを証明している。
「・・・何か」
 隆也が切り出すと、裕太郎はその顔の笑みをさらに大きく咲かせた。
「新藤隆也。お前よ、俺とタッグ組まねぇか?」
「タッグ?」
 タッグチーム、つまりペアを組もう。この男はそう言っているのだ。
「おうよ。俺もお前もまだまだ若造だけどよ、俺らのタッグならいずれこの東洋のトップに立てるぜ。まずはジュニア、それからヘビーだ。どうだ、俺と来るか」
 タッグでの頂点。
 考えたこともなかった。
 東洋プロレスに入門し、そのリングの主役になりたい。
 その思いを胸にここまでやってきたが、頂はいまだ遥か先。
 手が届くどころか、この目で見ることさえ叶わないほど、高く遠い場所にある。
 その頂に上り詰めるために、タッグという岩場を越えるか・・・。
 裕太郎の実力は、自ら体験したとおりだ。
 ふと、ある疑問が脳裏をかすめた。
 隆也は、迷わずそれを裕太郎にぶつけた。
「裕太郎さん。・・・あなたもしかして、今日の試合で俺を試しました? あなたほどの実力があれば、最後のジャーマンだって返せたはず」
 裕太郎は口の端を大きく歪めた。
 言葉は発しなかったが、まぎれもなく肯定の意だ。
(コイツ・・・!)
 食えない男だが、なかなか面白い。
 隆也もにやりと笑みを浮かべ、裕太郎に手を差し出した。
 裕太郎がその手をがっしりと握る。
「タッグ結成、だ」
「ですね」
「おいおい、タッグパートナーだし、キャリアも歳も1年しか違わないんだぜ? 敬語なんていいよ遣わなくて。普通に、同期として接してくれてもいい。それぐらいやって結束しなきゃ、若造二人のタッグが上に行くことなんて出来やしねぇ」
「・・・わかった。よろしく、裕太郎」
「よろしく頼むぜ、新藤チャン」
 
 
 ――東洋プロレス・ジュニアヘビー級におけるタッグのベルト、WGPジュニアタッグ選手権試合。
 若手ながらも並み居る強豪を撃破し、ついにその頂に立ったタッグチーム『チャーミング&チャーミング』との死闘を制し、新たなチャンピオンチームとなったのは、東洋プロレスの生ける伝説と呼ばれる男たち。
 ベテランユニット『神話軍』の龍神ドラゴン・ライダー&ATSUSHI組。
 ライダーが試合後、マイクを取った。
「俺たちが新チャンピオンだーっ!!」
 大歓声が起きた。
 プロレスラーとしての全盛期はとうに越え、ゆっくりとした下り坂に差し掛かっていてもなお、その支持率は凄まじい。
 ジュニアヘビー級という階級の黎明期から第一線で闘い続け、時にはヘビー級の選手にも立ち向かっていくその姿は、いつも観客の感動を呼び起こしてきた。
 彼が『ジュニアの象徴』と呼ばれる所以である。
「オイ、チャミチャミ。お前らがリマッチやりたいってんならやってやるぞ! もしくは他に挑戦したいやつがいたら受けてやるぞ!! 誰でも来い!!」
 再び大歓声。
 声が膜のようにリングを包み込むのが見えるかのようだ。
 そのカーテンをくぐり、リングに向かう者たちがいた。
 男たちの姿を見た時、世界の龍神の、恐ろしいマスクの下に隠された素顔が、はっきりと意外な表情を浮かべた。
「お? なんだお前ら、タッグ組んだのか? で、ここに来たってことは、だ。俺とATSUSHIのタッグベルト、挑戦する気で来たんだよな? 残念ながら、お前らじゃ、俺らには勝てないぞ。負けると分かってて挑んでくるなら、いいぜ、受けてやろう。まずはお前らの口からはっきりと、挑戦すると言え!!」
 ライダーがマイクを投げる。
 リングに落ちて弾んだマイクを拾ったのは、高崎裕太郎。
 後に続くのは、新藤隆也である。
 裕太郎はふてぶてしいまでの笑顔で会場を見渡し、マイクを口元に運んだ。
「えー・・・皆さん、どうも。みなさんの中には、俺たちを知らない人達も、いると思いますが。俺たちが! 東洋ジュニア『最強』のタッグチーム。高崎裕太郎、新藤隆也。二人で『LIMITLESS(リミットレス)』だ!」
 歓声、そしてブーイング。
 それらを自ら浴びるように手を広げ、裕太郎はライダーに向き直った。
「ライダーさん。言えと言われたので言います。俺と、新藤、LIMITLESSが。次の挑戦者だ!」
 裕太郎が投げつけたマイクをキャッチし、ライダーが続ける。
「聞いたか裕太郎。この歓声の差を。お前らじゃ俺らとは釣り合わないんだ。でも、さっきやるって言ったからな。やってやろうじゃないか。お前らには若さと勢いがあるだろう。でもな、俺らにはそれ以外の全てがあるんだ。パワーも、テクニックも、スタミナも、人気も、キャリアもあるんだ! お前らな、俺らを倒そうっていうならな、その全てを越えるつもりで来い!! ・・・さっきから、裕太郎ばっかりしゃべってるよな。新藤、お前もわかってんのか!」
 マイクが、隆也の目の前に落とされる。
 それを隆也は躊躇なく拾い上げた。
「キャリアは越えられねぇよ」
 吐き捨てるように言い、新藤はマイクを放り投げた。
 短いながらも先輩の揚げ足を堂々ととるその姿に、観客からは拍手と、歓声。そしていくらかのブーイングが投げつけられた。
 しかし、隆也は表情を変えず、目の前の生ける伝説二人を睨み付けていた。
 後日。記者会見&調印式が行われ、正式にLIMITLESS vs 神話軍タッグチームのタイトルマッチが決定した。
 相手はジュニアの象徴。生ける伝説。
 しかし、彼らを越えていかなければ未来はない。
 ただ踏み越えるのではだめだ。
 飛び越えなければ。
 パワーとレスリングテクニックでは、キャリアの長い相手側に一日の長がある。
 ことパワーに関しては、裕太郎の方が確実に上。
 なら俺はどうするか。
 スピード、そして・・・。
 跳躍、だ。
 この日、模索中だった隆也のファイティングスタイルは明確に定まった。
 初めてトップロープから飛ぶ技を練習した時、その高さと恐怖に驚いた。
 しかし、隆也は確実に手応えを感じていた。
 これが自分の戦い方なんだと。
 タイトルマッチまでの地方巡業シリーズで、隆也は次々と新しいムーブ(技、動き)を披露していった。
 全身をバネのように使い、リング内を所狭しと動き回る隆也の姿は、とあるトップレスラーの若い頃の姿を思わせた。
 人々はいつしか、隆也をそのレスラーの愛称で呼ぶようになった。
 『ジーニアス』と。




(続く)

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連載小説『RYUSEI』



第1章 ジュニアの象徴








 数多の歓声を内に取り込み、隆也は裕太郎を睨み付けた。
 裕太郎も鋭い眼光をこちらに飛ばしてきている。
 短い攻防だが、二人の体には汗が浮かび、じんわりと流れ落ちていた。
 プロレスとは過酷なものだ。
 しかし、ここで弱みを見せるな。
 プロレスラーは、どんな時でも、強くあるんだ。
 リング中央で、二人は再び組み合った。
 今度は隆也が主導権を握った。
 裕太郎の、スポーツマンライクに刈り上げられた頭をがっちりと脇に抱え込む。
 ヘッドロック。
 極めて基本的な関節技ながら、必殺技にしても遜色のないほどの威力を持っている。
 隆也のかつての先輩、若林康夫がこの技を得意にしていた。
「うあああああああああ!」
 痛みに叫ぶ裕太郎の頭をさらに締め上げる。
 関節技の攻防は見た目以上にハードだ。
 汗が噴き出す。
 ぬるり。
 ロックしている手が汗で滑り、わずかに力が弱まった。
 しまった――。
 裕太郎はアマレスの猛者だ。
 この隙を逃すわけがない。
 息を吹き返したように、裕太郎が隆也の腰を抱いた。
 クレーンで思い切り吊られたかのような、凄まじい力が隆也の足をマットから引きはがす。
 バックドロップ――!
 何と速く、なんと力強いバックドロップだろうか。
 道場で受け身の練習をする際、幾度となくコーチから受けたバックドロップ。
 もちろんコーチは加減しているだろうが、そのバックドロップよりも数段強烈だ。
 口の中に血の味が広がる。
 どこかが切れたようだ。
 裕太郎に髪を掴まれ、無理やりに引き起こされる。
 反撃しなければ。
 反撃を――。
 何とか糸口を掴もうと裕太郎の顔にエルボーを打ち込む。
 ぐらりと裕太郎が揺れた。
――よし!
 裕太郎に背を向け、隆也はロープに向かって飛んだ。
 ぐん、とロープに背中を預け、その反動そのままにマットを蹴る。
 体が交錯する刹那、裕太郎の顎に思いきりエルボーを叩き込んだ。
 これこそ隆也が身に着けた新たな技の一つ、ジャンピングエルボーアタックだ。
 裕太郎はエルボーのダメージと、飛んできた隆也の勢いに押され、マットに倒れている。
 勝つには今しかない!
 裕太郎を引き起こす。
 思い出すんだ。道場での練習を。
 道場で相手にしていたのは、ほとんどがダミーの人形だ。
 生きた人間にこの技をかけたことは一度しかない。
 しかし、自信はある。
 決めてみせる!
 背後から裕太郎の腰に手を回し、思いっきり背後に体を反らせた。
 岩石のように重い裕太郎の体。
 その岩石を。
 投げる!
「らあああああああっ!」
 ジャーマン・スープレックス。
 この日一番大きな音を立ててマットが波立った。
 レフェリーがカウントを取る。
 1、2--。
 3。
 ゴングが打ち鳴らされ、ようやく隆也と裕太郎は崩れ落ちた。
 ――新藤隆也選手の勝利です。
 リングアナウンサーの声と、拍手と、歓声をシャワーのように浴びながら、隆也はしばらく天井を見つめていた。




(続く)

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連載小説『RYUSEI』



第1章 ジュニアの象徴








 ゴングが打ち鳴らされた。
 目の前にいるのは、自分よりも2年ほど早くデビューした若手のレスラー。
 東洋プロレスからデビューした新人レスラーは、多くの場合しばらく前座で試合を行う。
 龍――ドラゴンが東洋プロレスのシンボルマークであることから、新人レスラーは『ヤングドラゴン』と呼ばれる。
 特別な素質――例えば常人離れした長身など――を持って入門した者や、レスリング、柔道などの格闘技で輝かしい成績を残し、鳴り物入りで入団した者はヤングドラゴンとはならず、即デビューに繋がったり、海外修行に出されたりする。
 もちろん新藤隆也には、そのどちらもなかった。
 それでも努力と自己アピールによって入門を果たすことができたのだ。
 そのことを誇りに思っている。
 しかし、目の前にいるレスラーは違う。
 彼の名は高崎裕太郎(タカサキ・ユウタロウ)。
 大学時代にアマチュアレスリング・グレコローマン84kg級の全日本王者になった男だ。
 いわゆる『キャリア組』。
 過去の東洋プロレスでは、キャリア組は生活環境や待遇などでかなり優遇され、血反吐を吐くような暮らしだったヤングドラゴン組との軋轢があったらしい。
 その因縁がリング上での熱戦を生んでいた、という背景がある。
 現在ではそこまで極端な格差はない。
 が、やはりどうしても周囲の視線が違う。
 アマレスの全日本王者。
 その響きだけでもトップレスラーになりそうな予感を感じさせる。
 もちろん、トップレスラーが全員キャリア組というわけではない。
 レスリングが強いからプロレスがうまいわけでもない。
 プロレスは、あくまでプロレスなのだ。
 リング中央で、がっしりと組み合う。
 手四つ。ロックアップだ。
 プロレスの基本ともいえる動作。
 若手は奇抜な技より、まず基本的な技を試合で繰り出していく。
 実戦の中で自分のプロレスラーとしての方向性を模索していくのだ。
 この高崎裕太郎というレスラー、隆也よりも身長がわずかに低い。
 にもかかわらず、凄まじいまでのパワーを持っている。
 腕力に特化しているわけではなく、全身の筋肉の持つレベルが極めて高いのだ。
 油断するとあっという間に投げられて――。
 視界が反転した。
 後頭部からマットに激突する。
 裕太郎のフロント・スープレックスを受けてしまったのだ。
 城内の観客は大きく沸いた。
 正面から相手を抱きかかえ、そのまま背後に反り投げるフロント・スープレックス。
 アマレス出身のプロレスラーが得意とする技だ。
 衝撃に息が詰まる。
 技をかけた裕太郎がむくりと起き上がり、隆也の髪を掴んで強引に生き起こす。
 そして隆也の喉元に、太い右腕を叩きつけた。
 ラリアット。
 またしても景色が反転する。
 したたか後頭部をマットに打ち付け、隆也は一瞬意識が遠くに離れて行くのを感じた。
 裕太郎が隆也に覆いかぶさる。
 フォールの体勢だ。
 上から押さえつけられ、両肩がついた状態でレフェリーのカウントが3つ入ってしまうと敗北になる。
 1、2--。
 隆也は全身に力を込め、裕太郎を跳ね飛ばすように体を浮かせた。
 カウントは2。
「ちっ」
 吐き捨てるように舌打ちし、裕太郎は隆也を再び引き起こした。
 再びラリアットを打ち込むつもりのようだ。
 そうはさせるか!
 隆也は裕太郎の右頬を思い切り張り飛ばし、裕太郎がふらついた隙に両脚でマットを蹴った。
 プロレスリングのマットには、衝撃緩和の為、そして飛び技を派手に演出するためにスプリングが仕込まれている。
 バネの反動をもらい、思い切り高く跳ね上がった隆也は、裕太郎の分厚い胸板を両脚で突き飛ばすように蹴った。
 ドロップキック。
 新人レスラーとは思えないほど高いジャンプに、場内から大きなどよめきが起こる。
「しゃあああああああああっ!!」
 観客に向けて叫び、手を振り上げる。
 観客も歓声と拍手でそれに応える。
 これが、プロレスラー。
 俺が、憧れた世界だ。
 数百の完成を内なるエネルギーへと変換し、隆也は裕太郎に向き直った。




(つづく)

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第1章 ジュニアの象徴









 ――その男の初めての戦いを、俺はこの目で見ている。
 その日から俺は、ただひたすらこの世界だけを見据えてきた。
 ここは、ゴールなんかじゃない。
 ひょっとしたら、まだスタートラインにすら辿り着いていないのかもしれない。
 でも。
 今日、この場所で踏み出す一歩は、間違いなく明日へと続く一歩なのだ。

 
 右足を、踏み出す。
 踏みしめる。
 体重を踏み出した右足に乗せる。
 左足を踏み出す。
 踏みしめる……。

 歩くという行為が、こんなにもエネルギーを使うとは思いもよらなかった。
 熱の渦巻く空間のど真ん中にたたずむ『それ』が、だんだん近くなる。
 『それ』を取り囲む多くの人々の顔が、鮮明に見えてきた。
 笑うもの、真剣に眼差しを送るもの。
 いろんな顔があるけれど、その目は例外なく輝いていた。
 俺は、この場所に立ちたくて。
 ついにこの場所まで来た。
 新藤隆也、デビュー戦。

 




(つづく)

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プロフィール
HN:
グレート・リタ
年齢:
895
HP:
性別:
男性
誕生日:
1129/10/16
職業:
アマチュアプロレス論者兼アマチュアプロレス小説作家
趣味:
プロレス観戦とプロレス論の構築、プロレス小説の執筆
自己紹介:
要するにただのプロレス好き。
詳細プロフィール、連絡等はTwitterに。
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