グレート・リタ/愚冷刀凛汰(逢坂鈴汰)のプロレス専門ブログ。団体は新日本、W-1。選手は武藤敬司、グレート・ムタ、飯伏幸太、棚橋弘至、中邑真輔、内藤哲也、真田聖也、その他新日本、W-1勢など。Twitter :@rita_osaka
※3週も更新がストップしてしまい申し訳ありませんでした。
何しろやたらと忙しかったもので・・・。
1周遅れですが「RYUSEI」序章6をお届けします。
連載小説『RYUSEI』
序章
6
濃密な時間が、2人を包んでいた。
お互いに関節を狙い、防ぎ、倒されては跳ね起き、そして相手を引き倒し。
何よりも苦しく、それでいて楽しい時間。
この時間が、永遠に続けば――。
新藤がそう思ったその瞬間。
残酷に、時間が止まった。
新藤が内田の腕をとろうと左手を伸ばしたその瞬間を、内田は見逃さなかった。
その左手を自らの右手で絡め取り、左足を新藤の股に差し入れる。
くるり。
そのまま巻き込まれるように回転され、気付けば左腕と左足の膝を同時に極められていた。
左膝を抱き込むように、内田が思いきり背を反らせる。
ビクトル式膝十字固め。
ロシアの格闘技、サンボの技だ。
みしっ。
新藤の膝が軋んだ。
「うああああああああああっ!」
余りの激痛に、新藤は思わず絶叫した。
明らかに、ただ関節技を受けただけの痛みとは異質なものだ。
異変に気付いたレフェリー・上田信明が新藤に駆け寄り、膝に触れる。
激痛が走った。
新藤の額に脂汗が浮かぶ。
上田は首を振り、右手を掲げた。
(ま、まだ……!)
まだ俺は、ギブアップしたわけじゃない。
まだ、戦える。
――カーン。
無情にもゴングが打ち鳴らされた。
新藤隆也の、敗北である。
悔しさと、怒りと、寂しさとが一挙に押し寄せてくる。
「う、ああああああああああああああああああああああああっ!」
闇に呑まれようとする意識の中、悲鳴とも雄叫びともとれる声で、新藤隆也は吼えた。
吼え続けた。
天に両手を差し上げ、涙も汗も何もかもそのままに、新藤は叫び続けた。
喉が裂けようともかまわなかった。
叫ぶほかに、このどうしようもない感情を表現する術を知らなかった。
上田やドクター、対戦相手の内田、そしてリングに駆け上がってきた若林に取り囲まれた新藤は、その全員の視線の中で、意識を手放した。
前十字靭帯断裂。
それが、新藤に通告された症状だった。
医師によると、前十字靭帯は血液の流れが非常に悪い場所であり、放置していても自然治癒する可能性はほとんどないということだった。
断裂した状態でもその周辺の筋肉を鍛えることで日常生活に支障が出ないレベルまでは持って行くことができるが、その場合はプロレスを諦めなければならない。
しかし手術を受けると、最低でも半年間は激しいトレーニングができない。
つまり、今年中のプロレス入門は絶望的ということになる。
一日も早くプロレスの世界に身を投じたかった新藤にとっては、非常に苦しい選択だった。
悩む新藤に、若林康夫はこう言った。
「新藤、プロレス界は逃げはしない。むしろ今よりももっと進化して、お前を待つことになるんだ。迷うな新藤。半年でも1年でも5年でもかければいい。お前が主役になる日は必ず来るんだ!」
その言葉を受け、新藤は手術を受けることを決意。
前十字靭帯の再建手術を受け、しばらく療養とリハビリに勤しむこととなった。
そして、1年半後。
日本最古にして最大のプロレス団体、東洋プロレス。
その公開入門テストに、1人の若者の姿があった。
厳しいメニューの前に受験者が次々と脱落していく。
そして、ついに1人の若者だけが残された。
若者は合格を告げられ、マイクを渡されると、自信を漲らせた表情で言った。
「東洋プロレスへの愛は誰にも負けません。新藤隆也、よろしくお願いします!」
(つづく)
何しろやたらと忙しかったもので・・・。
1周遅れですが「RYUSEI」序章6をお届けします。
連載小説『RYUSEI』
序章
6
濃密な時間が、2人を包んでいた。
お互いに関節を狙い、防ぎ、倒されては跳ね起き、そして相手を引き倒し。
何よりも苦しく、それでいて楽しい時間。
この時間が、永遠に続けば――。
新藤がそう思ったその瞬間。
残酷に、時間が止まった。
新藤が内田の腕をとろうと左手を伸ばしたその瞬間を、内田は見逃さなかった。
その左手を自らの右手で絡め取り、左足を新藤の股に差し入れる。
くるり。
そのまま巻き込まれるように回転され、気付けば左腕と左足の膝を同時に極められていた。
左膝を抱き込むように、内田が思いきり背を反らせる。
ビクトル式膝十字固め。
ロシアの格闘技、サンボの技だ。
みしっ。
新藤の膝が軋んだ。
「うああああああああああっ!」
余りの激痛に、新藤は思わず絶叫した。
明らかに、ただ関節技を受けただけの痛みとは異質なものだ。
異変に気付いたレフェリー・上田信明が新藤に駆け寄り、膝に触れる。
激痛が走った。
新藤の額に脂汗が浮かぶ。
上田は首を振り、右手を掲げた。
(ま、まだ……!)
まだ俺は、ギブアップしたわけじゃない。
まだ、戦える。
――カーン。
無情にもゴングが打ち鳴らされた。
新藤隆也の、敗北である。
悔しさと、怒りと、寂しさとが一挙に押し寄せてくる。
「う、ああああああああああああああああああああああああっ!」
闇に呑まれようとする意識の中、悲鳴とも雄叫びともとれる声で、新藤隆也は吼えた。
吼え続けた。
天に両手を差し上げ、涙も汗も何もかもそのままに、新藤は叫び続けた。
喉が裂けようともかまわなかった。
叫ぶほかに、このどうしようもない感情を表現する術を知らなかった。
上田やドクター、対戦相手の内田、そしてリングに駆け上がってきた若林に取り囲まれた新藤は、その全員の視線の中で、意識を手放した。
前十字靭帯断裂。
それが、新藤に通告された症状だった。
医師によると、前十字靭帯は血液の流れが非常に悪い場所であり、放置していても自然治癒する可能性はほとんどないということだった。
断裂した状態でもその周辺の筋肉を鍛えることで日常生活に支障が出ないレベルまでは持って行くことができるが、その場合はプロレスを諦めなければならない。
しかし手術を受けると、最低でも半年間は激しいトレーニングができない。
つまり、今年中のプロレス入門は絶望的ということになる。
一日も早くプロレスの世界に身を投じたかった新藤にとっては、非常に苦しい選択だった。
悩む新藤に、若林康夫はこう言った。
「新藤、プロレス界は逃げはしない。むしろ今よりももっと進化して、お前を待つことになるんだ。迷うな新藤。半年でも1年でも5年でもかければいい。お前が主役になる日は必ず来るんだ!」
その言葉を受け、新藤は手術を受けることを決意。
前十字靭帯の再建手術を受け、しばらく療養とリハビリに勤しむこととなった。
そして、1年半後。
日本最古にして最大のプロレス団体、東洋プロレス。
その公開入門テストに、1人の若者の姿があった。
厳しいメニューの前に受験者が次々と脱落していく。
そして、ついに1人の若者だけが残された。
若者は合格を告げられ、マイクを渡されると、自信を漲らせた表情で言った。
「東洋プロレスへの愛は誰にも負けません。新藤隆也、よろしくお願いします!」
(つづく)
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連載小説『RYUSEI』
序章
5
隆也と内田は、順当に勝ち進んでいった。
隆也の腕ひしぎが、内田の飛びつき腕十字が。
並み居る男たちからことごとくタップを奪い、気が付けば、残っているのは隆也と内田の二人だけになっていた。
そして、決勝。
隆也の目の前には、凛々しくこちらを見据える内田晋太郎の姿。
心臓が高く跳ねる。
ピンと張りつめた糸が二人を一直線に結んでいる。
その上に、ゆらゆらと危なげに揺れるものを、隆也は見た。
それこそ、勝利。
この男から勝利を手繰り寄せるのは、容易なことではない。
いかに糸を切らず、勝利だけを手元に引き寄せるか。
――ああ、これが、「プロレス」なんだ。
悟り、隆也は思わず笑みを浮かべた。
きっと内田も同じ気持ちだったのだろう。
にっと口の端を吊り上げ、隆也に視線を投げつけてきた。
(上等だ。俺だって冗談でプロレスラーを目指してるわけじゃない。しっかりプロレスをやって、プロレスで勝ってやる)
「始めっ!!」
いつの間にか、試合が始まっていた。
敗れていった参加者の、そして隆也や内田と同じくプロレスラーを志す者たちが、一斉に歓声を送る。
「新藤! 新藤! 新藤!」
「内田! 内田! 内田!」
狭い空間に、張り裂けんばかりの声が轟いた。
「新藤さん」
内田がすっと右手を差し出した。
その手を握る。
がっちりと。
「よろしくお願いします、新藤さん」
「こちらこそよろしく、内田さん」
その結ばれた手が解かれたその時、勝負が始まった。
中央から飛び下がり、腰を落とす。
相手の一挙手一投足を見逃さまいと、集中力を研ぎ澄ませる。
この試合では、打撃は禁止されている。
つまり、突然ドロップキックやフライングニールキックといった、間合いの外からの飛び打撃が飛んでくることはない。
決め手は慣れない投げ技よりも、やはり関節技。
どちらが先に相手の体勢を崩し、有利なポジションを取るか。
勝負はそこで決まる。
つつ、と額から汗が流れ落ちた。
それが瞼に伝わり、思わず瞬きした、その瞬間。
内田が動いた。
低い体勢で猛然と突進してくる。
隆也も迎え撃つべく腰を落として足を踏み出した。
手が触れ合う――。
いや、触れ合わなかった。
隆也の目の前で内田はマットを蹴り、大きく跳躍したのだ。
(なっ……!?)
内田の体が降ってくる。
覆いかぶさられるように、リングに倒れ込んだ。
内田は素早く隆也の左腕をとり、捻り上げる。
(させるかっ!)
素早く前転して体勢を立て直し、とられた腕を逆に捻り上げた。
内田の腕を背中側にくの字に折り曲げ、自らの腕を差し込んで固める。
チキンウィング・アームロックと呼ばれる関節技だ。
隆也の関節技を振りほどこうと内田が身をよじる。
隆也はそれを許すまじと力を込める。
が、少し力を入れすぎた。
力んだ隆也の腕の間をすり抜けるように、内田の体が踊った。
両の脚で隆也の体を挟み込み、強引に倒す。
そのまま腕ひしぎの体勢に入ろうとする――。
今度は隆也がそれを拒み、両者は体を離して一度睨み合った。
拍手が巻き起こる。
それはさながら、プロレスの序盤の戦いのようで。
隆也と内田は睨み合いながらも笑い合い、そして、再び戦いが始まった。
(つづく)
序章
5
隆也と内田は、順当に勝ち進んでいった。
隆也の腕ひしぎが、内田の飛びつき腕十字が。
並み居る男たちからことごとくタップを奪い、気が付けば、残っているのは隆也と内田の二人だけになっていた。
そして、決勝。
隆也の目の前には、凛々しくこちらを見据える内田晋太郎の姿。
心臓が高く跳ねる。
ピンと張りつめた糸が二人を一直線に結んでいる。
その上に、ゆらゆらと危なげに揺れるものを、隆也は見た。
それこそ、勝利。
この男から勝利を手繰り寄せるのは、容易なことではない。
いかに糸を切らず、勝利だけを手元に引き寄せるか。
――ああ、これが、「プロレス」なんだ。
悟り、隆也は思わず笑みを浮かべた。
きっと内田も同じ気持ちだったのだろう。
にっと口の端を吊り上げ、隆也に視線を投げつけてきた。
(上等だ。俺だって冗談でプロレスラーを目指してるわけじゃない。しっかりプロレスをやって、プロレスで勝ってやる)
「始めっ!!」
いつの間にか、試合が始まっていた。
敗れていった参加者の、そして隆也や内田と同じくプロレスラーを志す者たちが、一斉に歓声を送る。
「新藤! 新藤! 新藤!」
「内田! 内田! 内田!」
狭い空間に、張り裂けんばかりの声が轟いた。
「新藤さん」
内田がすっと右手を差し出した。
その手を握る。
がっちりと。
「よろしくお願いします、新藤さん」
「こちらこそよろしく、内田さん」
その結ばれた手が解かれたその時、勝負が始まった。
中央から飛び下がり、腰を落とす。
相手の一挙手一投足を見逃さまいと、集中力を研ぎ澄ませる。
この試合では、打撃は禁止されている。
つまり、突然ドロップキックやフライングニールキックといった、間合いの外からの飛び打撃が飛んでくることはない。
決め手は慣れない投げ技よりも、やはり関節技。
どちらが先に相手の体勢を崩し、有利なポジションを取るか。
勝負はそこで決まる。
つつ、と額から汗が流れ落ちた。
それが瞼に伝わり、思わず瞬きした、その瞬間。
内田が動いた。
低い体勢で猛然と突進してくる。
隆也も迎え撃つべく腰を落として足を踏み出した。
手が触れ合う――。
いや、触れ合わなかった。
隆也の目の前で内田はマットを蹴り、大きく跳躍したのだ。
(なっ……!?)
内田の体が降ってくる。
覆いかぶさられるように、リングに倒れ込んだ。
内田は素早く隆也の左腕をとり、捻り上げる。
(させるかっ!)
素早く前転して体勢を立て直し、とられた腕を逆に捻り上げた。
内田の腕を背中側にくの字に折り曲げ、自らの腕を差し込んで固める。
チキンウィング・アームロックと呼ばれる関節技だ。
隆也の関節技を振りほどこうと内田が身をよじる。
隆也はそれを許すまじと力を込める。
が、少し力を入れすぎた。
力んだ隆也の腕の間をすり抜けるように、内田の体が踊った。
両の脚で隆也の体を挟み込み、強引に倒す。
そのまま腕ひしぎの体勢に入ろうとする――。
今度は隆也がそれを拒み、両者は体を離して一度睨み合った。
拍手が巻き起こる。
それはさながら、プロレスの序盤の戦いのようで。
隆也と内田は睨み合いながらも笑い合い、そして、再び戦いが始まった。
(つづく)
※今回からタイトルを変更しました。
以前の記事も新タイトルに修正します。
連載小説『RYUSEI』
序章
4
若林康夫は、強かった。
レスリング技術は隆也に分があったが、若林康夫の強さは技術ではない。
分厚く鍛え上げられた体のタフさと、その中に宿る心の強さである。
強い体に、強い心を宿した戦士。
まさに『プロレスラー』そのものだった。
その若林が。
若林よりも、そして隆也よりも小柄な若者に、敗れた。
立ち合いは、若林が優勢だった。
その体格差を最大限に活かすため、大きく踏み込んで組み合った。
すぐさま腕を相手の頭に回してヘッドロック。
がっちりと抱え込む。
決まった、と誰もが思った。
しかし相手の若者は、ヘッドロックをかけられながらマットを蹴り、そしてポストを蹴り、宙を舞った。
くるりと宙返りをするように、コーナーからリング中央へと飛ぶ。
若林は体勢を崩されそうになり、思わずヘッドロックを外す。
完全に自由になった若者は背後から若林の左腕に飛びつき、その太い左腕を抱いた。
ぶら下がるように若林の左腕を伸ばす。
(飛びつき腕十字……!)
実際のプロレスの試合で、それもジュニアヘビー級の一線級の選手が魅せるような、実に見事な飛びつき式腕ひしぎ十字固めだった。
ここまで綺麗に決められて、それでもギブアップを拒んだ若林だったが、最後はレフェリーストップで若者に軍配が上がった。
試合後、アイシングをする若林とそれを見守る隆也のもとに、対戦相手の若者がやってきた。
「あの、すいません。大丈夫でしたか? 思ったよりエグい角度で入っちゃって、申し訳なかったです。初めてやったもので、あの技」
隆也と若林は目を見開いた。
あの見事な飛び関節を、今日初めてやった?
「若林さんみたいな大きくて力のある人を、どうしてもグラウンドに引き込む自信がなくて。案の定あっという間にヘッドロックに取られたんで、これはもうやるしかないなと思ったんです」
「完敗です」
若林の差し出した手を、若者はがっちりと両手で握った。
深々と頭を下げて握手を終えると、若者は隆也に向き直った。
「新藤隆也さん、でしたね。一回戦の腕ひしぎ、お見事でした。俺は内田 晋太郎(ウチダ・シンタロウ)。ここ上田道場の門下生です。よろしくお願いします」
すっ、と差し出される手。
その手を、隆也は躊躇なく握り返した。
「谷口ジムの新藤隆也です。あなたとの勝負を、楽しみにしています。……決勝で会いましょう」
内田は何も言わず、ただ笑顔でうなずいて、体育館の外へ去って行った。
(内田晋太郎……か)
ふう。
息を吐く。
そこで初めて、自分の表情が硬直していることに気付いた。
ぴしゃりと両手で頬を叩き、ストレッチを始める。
次の戦いも、気を抜けない。
しかし、心はすでに、その遥か先にいる内田晋太郎を見据えていた。
(つづく)
以前の記事も新タイトルに修正します。
連載小説『RYUSEI』
序章
4
若林康夫は、強かった。
レスリング技術は隆也に分があったが、若林康夫の強さは技術ではない。
分厚く鍛え上げられた体のタフさと、その中に宿る心の強さである。
強い体に、強い心を宿した戦士。
まさに『プロレスラー』そのものだった。
その若林が。
若林よりも、そして隆也よりも小柄な若者に、敗れた。
立ち合いは、若林が優勢だった。
その体格差を最大限に活かすため、大きく踏み込んで組み合った。
すぐさま腕を相手の頭に回してヘッドロック。
がっちりと抱え込む。
決まった、と誰もが思った。
しかし相手の若者は、ヘッドロックをかけられながらマットを蹴り、そしてポストを蹴り、宙を舞った。
くるりと宙返りをするように、コーナーからリング中央へと飛ぶ。
若林は体勢を崩されそうになり、思わずヘッドロックを外す。
完全に自由になった若者は背後から若林の左腕に飛びつき、その太い左腕を抱いた。
ぶら下がるように若林の左腕を伸ばす。
(飛びつき腕十字……!)
実際のプロレスの試合で、それもジュニアヘビー級の一線級の選手が魅せるような、実に見事な飛びつき式腕ひしぎ十字固めだった。
ここまで綺麗に決められて、それでもギブアップを拒んだ若林だったが、最後はレフェリーストップで若者に軍配が上がった。
試合後、アイシングをする若林とそれを見守る隆也のもとに、対戦相手の若者がやってきた。
「あの、すいません。大丈夫でしたか? 思ったよりエグい角度で入っちゃって、申し訳なかったです。初めてやったもので、あの技」
隆也と若林は目を見開いた。
あの見事な飛び関節を、今日初めてやった?
「若林さんみたいな大きくて力のある人を、どうしてもグラウンドに引き込む自信がなくて。案の定あっという間にヘッドロックに取られたんで、これはもうやるしかないなと思ったんです」
「完敗です」
若林の差し出した手を、若者はがっちりと両手で握った。
深々と頭を下げて握手を終えると、若者は隆也に向き直った。
「新藤隆也さん、でしたね。一回戦の腕ひしぎ、お見事でした。俺は内田 晋太郎(ウチダ・シンタロウ)。ここ上田道場の門下生です。よろしくお願いします」
すっ、と差し出される手。
その手を、隆也は躊躇なく握り返した。
「谷口ジムの新藤隆也です。あなたとの勝負を、楽しみにしています。……決勝で会いましょう」
内田は何も言わず、ただ笑顔でうなずいて、体育館の外へ去って行った。
(内田晋太郎……か)
ふう。
息を吐く。
そこで初めて、自分の表情が硬直していることに気付いた。
ぴしゃりと両手で頬を叩き、ストレッチを始める。
次の戦いも、気を抜けない。
しかし、心はすでに、その遥か先にいる内田晋太郎を見据えていた。
(つづく)
連載小説『RYUSEI』
序章
3
開会の挨拶が終わり、組み合わせ発表。
30分間の休憩・ウォーミングアップ時間の後、試合が開始された。
隆也の出場は、第一試合。
一発目から出番となる。
(望むところだ……!)
ぐっ、と拳を握りしめ、そしてゆっくりと解いた。
力が入りすぎている。
リラックスだ。
落ち着いて、自然体で。
自然体で。
(……よし!)
一歩一歩を大事に、リングに上がる。
今大会のリングは、プロレスのリングと同じ。
3本のロープに囲まれた、マットのジャングルだ。
青コーナーのマットに陣取る。
対角、赤コーナーに上がってきた選手は、隆也よりも分厚い体と、太い首と太い腕を持っていた。
柔道家のような体つきだ。
案外、本当に柔道をやっていたのかもしれない。
レフェリーとして、上田信明がリングに上がった。
「打撃なし、3カウント、場外カウントなし。場外に出た場合は試合を一時中断し、両コーナーからの仕切り直しとする。勝敗はレフェリーストップ、またはギブアップのみ。もちろん投げ技はありだが、それだけで勝負が決まるわけではないことを忘れるな。いくら綺麗なジャーマン・スープレックスを繰り出したところで、カウントはない。あくまでこれは、サブミッション・レスリングの大会だ。いいな?」
隆也と、相手選手が頷く。
「では、始めっ!!」
カーン!!
ゴングが打ち鳴らされる。
その瞬間、隆也は確かに感じた。
リングを取り囲む、超満員の観衆と、会場を埋め尽くす歓声。
その、圧倒的なエネルギーを。
(……やってやる!)
相手選手は腰を落とし、こちらをうかがっている。
レスリングのような、柔道のような、独特の構え。
まともに力比べをすれば、隆也は絶対的に不利だ。
(なら!!)
隆也は突進した。
その隆也をとらえようと、相手選手が手を伸ばす。
突き出された2本の太い腕。
目でその腕の動きを追いながら、隆也はがくんと膝を曲げた。
膝から崩れ落ちるかのように体勢を低くし、腕を潜り抜ける。
滑るように相手選手の胴に手を回し、両脚を強く踏ん張った。
「だあああっ!!」
叫び、相手の分厚い体を引っこ抜くように持ち上げ、自ら後ろに倒れ込むように投げ捨てた。
ひどく不格好な投げだ。
フロント・スープレックス……いや、正面からのバックドロップのような形か。
が、今は形にこだわっている場合ではない。
(どうせちゃんと練習していない俺達に、綺麗な技なんてできやしない。とにかく勝つために、相手にダメージを与える投げを!)
素早く立ち上がり、飛びかかるように相手選手に覆いかぶさる。
相手の右腕を自分の胸に押し付け、脚をかけて後ろに倒れ込む。
腕ひしぎ十字固め。
若林とのスパーリングで鍛えられた、隆也の十八番である。
相手は何とか振りほどこうともがくが、がっちり極まっている腕を外す力はない。
シンプルだが、一度極まると抜け出すのは困難。
それが、腕ひしぎ十字固めという技だ。
耐えかねた相手は、空いている左手で隆也の膝を数回叩いた。
タップである。ギブアップの意思表示だ。
「そこまで!!」
今度は試合終了のゴングが打ち鳴らされ、隆也は技を解いた。
相手選手は極められていた右手をさすりながら、ゆっくりリングを降りて行った。
その後ろ姿に一礼し、隆也もリングを降りた。
わずか1分ほどの試合だった。
が、隆也の全身には大粒の汗が浮き出ていた。
スパーリングとは次元が違うほどハードだった。
たかが1分で、この汗の量ならば、20分30分と戦うプロレスラーの体力とはいったいどうなっているのか。
わずかに芽生えた不安をスポーツドリンクと一緒に飲みこみ、隆は第2試合 若林康夫の試合に目を向けた。
相手は……。
「あいつは……!」
若林と向き合っていたのは、開会挨拶の時に隆也とにらみ合った、あの若者である。
体の厚みも、線の太さも、若林が上である。
しかし若者は、先ほどよりも大きなエネルギーを体中に充満させているような、そんな威圧感に満ちていた。
「始めっ!!」
ゴングが、鳴った。
(つづく)
連載小説『RYUSEI』
序章
2
上田道場は、元プロレスラーの上田信明(ウエダ・ノブアキ)が主催するレスリング道場である。
谷口ジムと同じく、プロレスラー養成機関も兼ねている。
幾人もの汗と血と、そして涙をすすってきたであろう少し黒ずんだ床に、隆也は静かに腰を降ろした。
隣に、若林康夫の姿もある。
第10回高田道場サブミッション・レスリング大会の、開会式である。
道場には、多くの男たちが集まっていた。
隆也より遥かに体格がいい者、背がずば抜けて高い者、背は低いが鋭い目つきと雰囲気を併せ持つ者・・・。
その場にいるすべての男が、隆也のライバルである。
ぎゅっ、と拳を握りしめ、ゆっくりと開いた。
じっとりと汗に濡れている。
ふと隣の若林に目をやった。
額にうっすらと汗を浮かべ、目を閉じて大きく呼吸している。
その他の参加者たちも、それぞれなんとか昂ぶる気持ちを抑えようとしているようだ。
ぞくり。
腹の底から何か熱いものが湧き上がり、一瞬で体中の血管を駆け巡ったような感覚に、隆也は身震いした。
思わず笑みがこぼれる。
自分が、まさか武者震いするほど緊張しているとは。
ぴりぴりと肌を刺すような空気がたまらない。
辺り一帯にばら撒かれた刺激物が、肌から吸収されて体の中に染み込んでくるようだ。
一刻も早く闘いの場に飛び込みたい。
そんな衝動を何とかこらえ、隆也はすっと姿勢を正した。
『不動』と大きく書かれた掛け軸の前に、重厚な雰囲気を持つ男が現れたのだ。
この男こそ、元プロレスラー上田信明。上田道場の主催である。
格闘技色の強いプロレスで人気を博したプロレス団体・WFAインターナショナルの代表を務め、東洋プロレスとの対抗戦ではメインイベントに出場。
伝説とまで言われる名試合を闘った男である。
上田は隆也たち参加者の顔を見回すようにぐるっと首を回し、大きく頷いた。
「いい顔だ。いい目だ。この大会も今年で10年目だが、今年の参加者はみんな、特にいい顔をしている。実に強い光を秘めた目をしている」
上田は一瞬破顔し、すぐに表情を引き締めた。
「今回は10周年記念大会。節目でもあるし、今回の参加者は全員がプロレスラー志望ということだ。特別ルールを採用する。打撃なし、3カウント、場外カウントなし。もちろん危険攻撃や道具の使用は禁止。要するにだ、投げと関節技だけのプロレスルールで闘ってもらいたい」
ざわめきが広がった。
投げ技と、関節技だけのプロレスルール。
普通のアマチュアレスリングのように、両肩が一瞬でも床についたら負けるわけでも、判定があるわけでもない。
ギブアップ、またはレフェリーストップのみで決着がつくデスマッチ。
それが、今回の特別ルールの正体だ。
おそらく、参加者のほとんどはこのルールを理解して戦慄し、戸惑っていることだろう。
しかし、隆也は口元に笑みを浮かべたままだった。
これが、闘い。
これが、闘いなんだ。
ぶるっ。
再び起こった武者震いの余韻を噛み締め、隆也は真っ直ぐに上田を見据えた。
その視線に気付き、上田もまた視線を隆也に向ける。
ばちり、と火花が飛びそうな緊張感が、2人の間に走った。
と、不意に上田が視線を他の誰かに向けた。
つられて隆也もそちらを見る。
小柄な若者が、上田と視線をぶつけ合っていた。
おそらく年は、隆也と2つも違わないだろう。
しかし、その体から放たれるエネルギーは、他の参加者よりも強く輝いていた。
隆也の視線に気付いたか、その若者が隆也の方に顔を向けた。
視線が交わる。
隆也はこの時、この若者との間に生まれた不思議な縁のような何かを、おぼろげながらも感じ取っていた。
そしてこの大会で、最後に闘う相手がこの男だろう。
そう確信していた。
(つづく)
プロフィール
HN:
グレート・リタ
年齢:
895
HP:
性別:
男性
誕生日:
1129/10/16
職業:
アマチュアプロレス論者兼アマチュアプロレス小説作家
趣味:
プロレス観戦とプロレス論の構築、プロレス小説の執筆
自己紹介:
要するにただのプロレス好き。
詳細プロフィール、連絡等はTwitterに。
詳細プロフィール、連絡等はTwitterに。
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