グレート・リタ/愚冷刀凛汰(逢坂鈴汰)のプロレス専門ブログ。団体は新日本、W-1。選手は武藤敬司、グレート・ムタ、飯伏幸太、棚橋弘至、中邑真輔、内藤哲也、真田聖也、その他新日本、W-1勢など。Twitter :@rita_osaka
連載小説『RYUSEI』
序章
*****
特設された大スピーカーから放たれた重低の響きが、円形の屋根に反射する。
黒く連なる花道は、大空の色にも似た青色のステージへと続いていた。
巨大スクリーンの足元で炎が噴き上がり、ゆらり、と陽炎が立ち上る。
その陽炎の中から、その男は現れた。
ゆったり、ゆったりと、傍目では鈍重に見えてしまうような動きで、花道に踏み出す。
スピーカーから、大音量で音楽が流れ始めた。
王者の風格漂うその男を象徴するかのような、勇壮なメロディだった。
何万何千もの人々が、一斉に歓声を上げる。
その声に応えるように、男は素早く足を踏み出し、両手を広げた。
この世界の、唯一無二の存在。
天才、マスター、生ける伝説……。
数多くの通り名を持つ、この男を。
今日、超える。
1
現役を引退しリングを降りたプロレスラーが、後進の育成のために、一般向けトレーニングジムを兼ねた道場を設立する、というのは珍しい話ではない。
ここ、谷口ジムもそのひとつである。
道場主を務めるのは、昭和プロレス史に名を残す名レスラー、ビースト谷口。
プロレスラーとしてはいささか小柄ながらも、怯むことなく巨漢レスラーに向かっていくファイトスタイルで人気を博した。
最近では、愛娘が女子アマチュアレスリングの世界で輝かしい実績を残し、その指導力が評価されている。
そんな谷口の開催する谷口ジムに、一人の若者が現れた。
入門希望。それも、トレーニングジムの会員ではなく、プロレスラー志望だという。
スポーツ歴は野球とサッカー。格闘技や武道の経験はない。
名を、新藤隆也(シンドウ・タカヤ)といった。
「俺は東洋プロレスの、いや、プロレス界の主役になりたい」
強面の谷口を前に、隆也は一瞬も視線を逸らさず、そう言い切った。
谷口は、その目の輝きに確かな期待を感じながらも、静かに首を横に振った。
「ここで入門を許す、と言うのは簡単だけど、練習に耐えられなくてすぐ辞めてしまったんじゃあ困る。お金もかかることだしな。ひとまず何か月か、一般会員として入会して、練習に来なさい。プロレスラーコースの基礎練習をさせてあげよう。それに耐えられたら、本格的に入門、という形にさせてもらうが、いいかな?」
隆也はその強い炎を瞳に宿したまま、こくりと頷いた。
この日が、間違いなくプロレスラー・新藤隆也の第一歩であった。
その道は、輝かしくライトを浴びる華の道か、
それとも苦難が続く険しい茨の道か。
無論この時はまだ、知る由もない。
*****
隆也が谷口ジムプロレスラー養成コースに正式に入門してから、すでに3年が経つ。
入門を願い出た時の線の細い若者の姿は多少の変化を見せていた。
さすがに筋骨隆々とはいかないが、それでも胸は厚みを増し、腕や足には力を込めなくてもそれとわかる量の筋肉がついていた。
「よし、行くぞ新藤!!」
「お願いします!」
隆也と、さらにもう一回り体の分厚い若者が、腰を落とした体勢で対峙している。
相手の若者は、隆也より1年先に入門した先輩であり、同じプロレスラー志望の、若林康夫(ワカバヤシ・ヤスオ)である。
レスリング用のマットの中央、2人の若者の中点に、見えない球体が存在するかのように、2人はゆっくりと円の動きを始めた。
サブミッション・レスリングのスパーリングである。
アマチュアレスリング、または単にレスリングと呼ばれる競技では、ルール上打撃や関節技が禁止されているが、サブミッション・レスリングでは関節技のみ認められる。
今回はスパーリングなので、勝ち負けは存在しない。
時間内でなるべく相手より技を多くかけ、少しでも長い時間、優位を保つのが目的だ。
若林が腕をつかもうと伸ばした手を払い、逆にこちらから仕掛けようとする。
払われる。
払う。仕掛ける。払われる。
そうして権勢を繰り返しながら、隆也は機会を待った。
若林の右手が隆也の首に伸びる。
それを、かわす。
素早くかがむように腰を落とし、肩を若林の腹に押し付けるように突進。
両手で若林の右足を抱え込み、思い切り自分の体に向けて引き付け、体重を浴びせる。
若林が後ろに倒れた。
が、若林も隆也の首を脇に抱え込むような形で固め、必死に体を起こす。
息が詰まる。
が、これがサブミッション・レスリングの醍醐味でもある。
何とか相手の技から抜け出し、馬乗り マウント・ポジションを奪った。
当然若林は嫌がり、隆也を押しのけようと手を伸ばす。
その手を、隆也が狙った。
するりと身を躍らせ、その腕を股に挟む。
さらにその腕を自らの両手で抱え込み、後ろに倒れ込んだ。
腕ひしぎ十字固め。
プロレス界では、腕ひしぎ逆十字固めとも呼ばれる。
様々な格闘技で幅広く使用される関節技だ。
抱え込んだ相手の腕を、足と自分の腕、体重を使って伸ばし、腕の靭帯にダメージを与える。
極められている腕を曲げればダメージはなくなるが、ここまで完全に極まってしまってはそれも困難だ。
ふっ、と隆也は力を抜き、技を解いた。若林もそれにならう。
立ち上がり、再び構える。
こうやって何度も繰り返すのがスパーリングだ。
それから2人は30分間、お互いに技を掛け合った。
隆也が、終始優位に立っていた。
2人がこれほど熱心にスパーリングを行ったのには理由がある。
明日、谷口ジムと同じプロレスラー養成機関である上田道場の主催で、プロレスラー志望の門下生によるサブミッション・レスリング大会が行われる。
隆也と若林もエントリーされている。
「いやー、全く歯が立たなかった。俺じゃあもう新藤の練習相手には不足だなぁ」
汗を拭きながら、若林は朗らかに笑った。
隆也が若林に追いついたのは、つい半年ほど前だ。
それから隆也の成長速度が若林のそれを上回り、今回のスパーリングでも、隆也がずっと優位を保っていた。
それはつまり、実力的に若林を超えたことを意味する。
しかし、隆也は驕らなかった。
驕ることを、硬く戒めていたのだ。
参った参ったと笑う若林に、ドリンクを差し出す。
「いや、でも若林さんの体のデカさは凶悪ですよ。俺は長く一緒にやらせてもらってますからクセとか苦手な動きとか知ってますし、だから勝てるようになったんですよ。初見じゃなかなかキツいと思いますね」
「ははは。お前にそう言ってもらえると本気でそう思えてくるから不思議だよな。でも、今度の大会で当たった時は負けないからそのつもりでな」
「もちろんですよ。俺だって本気出しますからね。腕の2、3本は覚悟しといてください」
にやりと笑いを浮かべて言う。
一泊置いて、2人は全く同じタイミングで大笑いした。
ごちん、と拳をぶつけ合い、健闘を誓う。
願わくば、決勝で会おう。
言葉にならない言葉を、そのごつごつとした手に込めて。
サブミッション・レスリング大会が始まる。
(つづく)
序章
*****
特設された大スピーカーから放たれた重低の響きが、円形の屋根に反射する。
黒く連なる花道は、大空の色にも似た青色のステージへと続いていた。
巨大スクリーンの足元で炎が噴き上がり、ゆらり、と陽炎が立ち上る。
その陽炎の中から、その男は現れた。
ゆったり、ゆったりと、傍目では鈍重に見えてしまうような動きで、花道に踏み出す。
スピーカーから、大音量で音楽が流れ始めた。
王者の風格漂うその男を象徴するかのような、勇壮なメロディだった。
何万何千もの人々が、一斉に歓声を上げる。
その声に応えるように、男は素早く足を踏み出し、両手を広げた。
この世界の、唯一無二の存在。
天才、マスター、生ける伝説……。
数多くの通り名を持つ、この男を。
今日、超える。
1
現役を引退しリングを降りたプロレスラーが、後進の育成のために、一般向けトレーニングジムを兼ねた道場を設立する、というのは珍しい話ではない。
ここ、谷口ジムもそのひとつである。
道場主を務めるのは、昭和プロレス史に名を残す名レスラー、ビースト谷口。
プロレスラーとしてはいささか小柄ながらも、怯むことなく巨漢レスラーに向かっていくファイトスタイルで人気を博した。
最近では、愛娘が女子アマチュアレスリングの世界で輝かしい実績を残し、その指導力が評価されている。
そんな谷口の開催する谷口ジムに、一人の若者が現れた。
入門希望。それも、トレーニングジムの会員ではなく、プロレスラー志望だという。
スポーツ歴は野球とサッカー。格闘技や武道の経験はない。
名を、新藤隆也(シンドウ・タカヤ)といった。
「俺は東洋プロレスの、いや、プロレス界の主役になりたい」
強面の谷口を前に、隆也は一瞬も視線を逸らさず、そう言い切った。
谷口は、その目の輝きに確かな期待を感じながらも、静かに首を横に振った。
「ここで入門を許す、と言うのは簡単だけど、練習に耐えられなくてすぐ辞めてしまったんじゃあ困る。お金もかかることだしな。ひとまず何か月か、一般会員として入会して、練習に来なさい。プロレスラーコースの基礎練習をさせてあげよう。それに耐えられたら、本格的に入門、という形にさせてもらうが、いいかな?」
隆也はその強い炎を瞳に宿したまま、こくりと頷いた。
この日が、間違いなくプロレスラー・新藤隆也の第一歩であった。
その道は、輝かしくライトを浴びる華の道か、
それとも苦難が続く険しい茨の道か。
無論この時はまだ、知る由もない。
*****
隆也が谷口ジムプロレスラー養成コースに正式に入門してから、すでに3年が経つ。
入門を願い出た時の線の細い若者の姿は多少の変化を見せていた。
さすがに筋骨隆々とはいかないが、それでも胸は厚みを増し、腕や足には力を込めなくてもそれとわかる量の筋肉がついていた。
「よし、行くぞ新藤!!」
「お願いします!」
隆也と、さらにもう一回り体の分厚い若者が、腰を落とした体勢で対峙している。
相手の若者は、隆也より1年先に入門した先輩であり、同じプロレスラー志望の、若林康夫(ワカバヤシ・ヤスオ)である。
レスリング用のマットの中央、2人の若者の中点に、見えない球体が存在するかのように、2人はゆっくりと円の動きを始めた。
サブミッション・レスリングのスパーリングである。
アマチュアレスリング、または単にレスリングと呼ばれる競技では、ルール上打撃や関節技が禁止されているが、サブミッション・レスリングでは関節技のみ認められる。
今回はスパーリングなので、勝ち負けは存在しない。
時間内でなるべく相手より技を多くかけ、少しでも長い時間、優位を保つのが目的だ。
若林が腕をつかもうと伸ばした手を払い、逆にこちらから仕掛けようとする。
払われる。
払う。仕掛ける。払われる。
そうして権勢を繰り返しながら、隆也は機会を待った。
若林の右手が隆也の首に伸びる。
それを、かわす。
素早くかがむように腰を落とし、肩を若林の腹に押し付けるように突進。
両手で若林の右足を抱え込み、思い切り自分の体に向けて引き付け、体重を浴びせる。
若林が後ろに倒れた。
が、若林も隆也の首を脇に抱え込むような形で固め、必死に体を起こす。
息が詰まる。
が、これがサブミッション・レスリングの醍醐味でもある。
何とか相手の技から抜け出し、馬乗り マウント・ポジションを奪った。
当然若林は嫌がり、隆也を押しのけようと手を伸ばす。
その手を、隆也が狙った。
するりと身を躍らせ、その腕を股に挟む。
さらにその腕を自らの両手で抱え込み、後ろに倒れ込んだ。
腕ひしぎ十字固め。
プロレス界では、腕ひしぎ逆十字固めとも呼ばれる。
様々な格闘技で幅広く使用される関節技だ。
抱え込んだ相手の腕を、足と自分の腕、体重を使って伸ばし、腕の靭帯にダメージを与える。
極められている腕を曲げればダメージはなくなるが、ここまで完全に極まってしまってはそれも困難だ。
ふっ、と隆也は力を抜き、技を解いた。若林もそれにならう。
立ち上がり、再び構える。
こうやって何度も繰り返すのがスパーリングだ。
それから2人は30分間、お互いに技を掛け合った。
隆也が、終始優位に立っていた。
2人がこれほど熱心にスパーリングを行ったのには理由がある。
明日、谷口ジムと同じプロレスラー養成機関である上田道場の主催で、プロレスラー志望の門下生によるサブミッション・レスリング大会が行われる。
隆也と若林もエントリーされている。
「いやー、全く歯が立たなかった。俺じゃあもう新藤の練習相手には不足だなぁ」
汗を拭きながら、若林は朗らかに笑った。
隆也が若林に追いついたのは、つい半年ほど前だ。
それから隆也の成長速度が若林のそれを上回り、今回のスパーリングでも、隆也がずっと優位を保っていた。
それはつまり、実力的に若林を超えたことを意味する。
しかし、隆也は驕らなかった。
驕ることを、硬く戒めていたのだ。
参った参ったと笑う若林に、ドリンクを差し出す。
「いや、でも若林さんの体のデカさは凶悪ですよ。俺は長く一緒にやらせてもらってますからクセとか苦手な動きとか知ってますし、だから勝てるようになったんですよ。初見じゃなかなかキツいと思いますね」
「ははは。お前にそう言ってもらえると本気でそう思えてくるから不思議だよな。でも、今度の大会で当たった時は負けないからそのつもりでな」
「もちろんですよ。俺だって本気出しますからね。腕の2、3本は覚悟しといてください」
にやりと笑いを浮かべて言う。
一泊置いて、2人は全く同じタイミングで大笑いした。
ごちん、と拳をぶつけ合い、健闘を誓う。
願わくば、決勝で会おう。
言葉にならない言葉を、そのごつごつとした手に込めて。
サブミッション・レスリング大会が始まる。
(つづく)
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プロフィール
HN:
グレート・リタ
年齢:
895
HP:
性別:
男性
誕生日:
1129/10/16
職業:
アマチュアプロレス論者兼アマチュアプロレス小説作家
趣味:
プロレス観戦とプロレス論の構築、プロレス小説の執筆
自己紹介:
要するにただのプロレス好き。
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